第十六話執筆者:楊海
#クライムカントリー南部
ブラドが侵攻に向け小規模なキャンプを張っていた。
簡易なテント、グラップラーの戦車、輸送車両、生体兵器がランプに照らされている。
グラップラーが交代でキャンプ周囲を見回っている。懐中電灯がすーっと動いたり止まったりの繰り返していた。
そんなグラップラーのキャンプをブッシュに覆われた丘から、少数で構成されたオクタゴンの兵士のスコープが睨んでいる。
(構エ)
オクタゴンが一斉に弓を構え、引く。
(発射)
手から弦が離れた。矢がテントをめがけ放たれ、テントに突き刺さると炎上する。
「敵襲だ!」
見張りが叫び、ホイッスルのけたたましいが響く。
「敵の位置....ぐぁっ!」
テントから出たグラップラーの兵士が矢で居抜かれ倒れる。
グラップラーの兵士の多くは炎上するテントから出て戦車の陰に隠れる。
「敵の位置は!?」
「東です!」
炎上するテントがグラップラー達の居場所を照らし出す。オクタゴンには良い照明となった。
(射出)
あらかじめ地面に配置した発射筒からロケットがキャンプに向け放たれる。
戦車やテント、生物にダメージを与える。輸送車両にも被害が及び、運搬していた火薬にもその爆風を受け、爆発する。
悲鳴や爆発音が聞こえ、辺りが焦土になる。
スコープのこめかみ辺りにあるダイアルに手を当て視認方法を変更する。
ガソリンがこぼれたのだろうか?土が燃え、布切れや金属の破片、死骸が辺りに転がっている。
オクタゴンは数名を丘に残し、分散するとSMGグレネードを構え近づき始める。
スコープで周囲を睨む。
―――オクタゴンの兵士全員が装着している『クレアボヤンス』と名づけられたスコープ。
このスコープは直接兵士の視神経とリンクしている。赤外線、サーモグラフィ、X線等とこめかみに当てられたダイヤルを回す事により好きに変更できる....あらゆる方法での視認が可能な為、偵察や鎮圧、侵攻に大きな力を貢献する。
一件便利そうにも見えるが普通の人間はこれを装着したがらない。
なぜならこれを装着するにはまず眼球を取り除き、眼窩(がんか/がんわ)から慎重に視神経を取り出してスコープの裏にあるコネクタと結びつけて更にそれを眼窩に埋め込む。
最後に重いので落ちないように顔面とスコープをネジで固定すると言う想像すると悪夢のような手術を必要とするからだ。
コレのおかげでオクタゴンの兵士たちは敵がそこにいる、いないがわかる。
オクタゴンの手の平の上で踊る敵に恐れを感じる必要がどこにあるんだい?
(生体反応無し)
(偵察衛星より。索敵終了。危険を及ぼす生体の反応無し)
(異常パルス及び信号、ノイズ無し)
(回収及び交代準備)
比較的無事に済んだトラックの荷台を開ける。
弾薬、ランチャーを中心とした武器、防具にパーツ....オクタゴンはそれぞれを回収すると衛星の捜索範囲を広げる為に杭状のセンサー発生装置を人目につかぬ場所に打ち込む。戦果を本部に報告し、北へと向かった。
(感知区域外への斥候を要請します)
オクタゴンの兵士が散開すると再び地に平穏が戻った。
ただ焼け跡に打ち込まれたセンサーがビーコンを発信しているのみ。
#深夜−ザイロコパ南西クレバス内部
空を見上げると岩に挟まれた夜空に月が見える。月例は新月に近かった。
あれから楊海は更に適度な足場を捜しその結果、ザイロコパに近い場所に都合よく、好条件の石棚が見つかったのだ。楊海は幸運を感謝しつつそこで腰を一時的に落ち着けた。
呼吸を整える。指を何回も曲げ、関節の具合を調べる。
肩や脚を回し、軽い準備体操(ストレッチ)を行う。
しばらくの体操を行い、自分の体の調子が適当に良くなった所で地面に寝かせたバッグにチョークを広げた小型の懐中電灯乗せ、服を脱ぐ。
服を脱いだ後、左腕の肩に近い筋肉『上腕二頭筋』を見る。そこはわずかに盛り上がって瘤のようになっているが別に目立つほどじゃない。
更に瘤には注射痕があるが、それもとおに塞がっている。
懐中電灯の横に寝かせてあるプラスチック製のチューブを持つと親指で押し出し中身であるジェルを手に取るとそれを伸ばして手を擦り合わせ体中残らず塗る。
両手の爪の間、足の指の間、ヒジの関節の裏側、ワキの下、まぶた、足の裏....髪の毛と体の隅々まで塗り残しが無いように塗ったところでジェルが切れた。
空になったチューブを地面に置くと火をともしたマッチをチューブに乗せて、焼き捨てた。
ジェルが乾くと体中がスースーするような清涼感に満たされる。
ビニールに包まれた新しい肌着を着るとバッグから真っ黒の服と薄く、柔らかいプラスチックのような防具を取り出す。
『偵察用強化甲冑』。甲冑と言っても防護服に似ている。
まず手袋をはめて肘、膝、腕、スネ....体の要所要所に防具をつけるとその上から服を静かに着る。
甲冑の内側がラバースーツのように体中に吸い付きぴっちり合う。
甲冑のマスクを被ると仕上げとして装備の忘れが無いように体中を叩いて点検する。
「いつもはここまでやらなくてもいいのだけど、相手が相手だし、長〜い仕事になりそうだからなっと」
不安混じりに呟いて最後に、左腰と背中、腹部に仕事袋のポーチをつけ、右腰にホルスターを装着し拳銃を収めると古い肌着とかのいらない荷物を足元で燃えているチューブに燃料としてくべた。
壁に張り付いているワイヤーを引っ張って見たところ、ハーケンが抜ける気配はない。
「幸運を」
楊海は自分に言い聞かせるといつもより痩せたバッグの紐を首に絡めて背負い、懐中電灯と一緒にワイヤーを掴むと登り始める。
坂のような壁を登る....ある程度行くと、ワイヤーを結んだハーケンが見える。
これ以上は自力で登らなければ....非常にゆっくりと、30分くらいかけてやっと地上へと登りきった。
懐中電灯の電源を切って背中のポーチにしまうと腰を屈めて目標地点を見据える。
ポリステスの街灯が弱く輝き、手前にはガードの巡回だろう、弱い光が滞りなくゆっくりスムーズに右から左へと流れていた。
土の匂いが強い。甲冑のせいか風は感じれない。ポンっと地面を叩いた所で土煙が僅かに立ち込めるも動かぬ紫煙のように縦に舞い上がってはゆっくりと舞い降りるように飛散する。
土を払ってバッグを担ぎ直すと背をかがめたままポリステスへと動く。
夜目はやや効きにくいものの不安になるほどじゃない。匂いと勘所は鈍ってはない。空気に脈が走りすべての事象が自分自身が心臓であるかのように流れ込んで伝わり、また送る。
足を遅くしゆっくりと前を見る。標識が見えた。
『警告 この先100m以降を無断で通行する者及びトレーダーの関係者、その他我々に不利益であると判断された人間は殺傷性のある武器を用いて処分します -Octagon』
今まで何度見たのやら。『ニンゲンセー』の『ニ』の字もない、無機質な金属の上に無機質な字で無機質な言葉を書いたこの標識。
材質はスズ製なんだろうけど詳細は不明。
こう言う標識は引っこ抜いて大騒ぎを引き起こすと面白いのだが取り返しがつかない事が起きるのでやめよう。
それはともかく、この警告標識がオクタゴンは何たるかを示しているような気がする。
一つ、息を吐いて遥か向こうのポリステスの街灯を見据える。さて、計画通り動かねば。
標識より向こうに踏み込むと煙幕花火を4本ほどまとめて焚いて物凄い濃い煙が立ち込めさせた。
持ったまま振り回すと煙が繭のように周りを包み込み、外側から見ると巨大な糸球が次第に膨れ上がるようにも見える。
適当な所で煙幕花火を地面に置いて楊海は目を閉じたまま力を抜いて伏せた。
しばらくするとオクタゴンのガードが異常に気付き、車を停めて銃を構えたまま警戒しつつ近づく。
小石と土が擦れる音が聞こえる。どんどん近くなる。
気配や足音からするともう彼らは1mも無い場所にいるだろう。恐らく数は二人。一人は頭の方に、もう一人は恐らく足の方にいる。
ガードの話し声が聞こえた。何を喋っているのか聞き取り辛い。
肩に何か物が当ったような感触がしたがじっとしたままでいる。
マスクを引っ張られ、顔が僅かに宙に浮かされるがじきに彼の手が離れた。
体の所々に何かを当てられると、持ち上げられたらしく体が宙を浮く。
そのまま車の荷台である後部座席に乗せられるとバッグが乱暴に放り投げられて楊海の腹部にのしかかる。
そしてガードの二人が車に乗り込むと車が動き出す。
楊海は死んだように力を抜き、じっとしていた。
一時間以上経ってやっと巡回コースを離れ、アモーフィラへと入り込む。
アモーフィラの外部は静まり返ったように静かで....解放区を越え、フェンスの向こうへと入る。
電灯に取り付けられていた監視カメラがこちらを見ていたのが楊海は妙に気になった。
それと所々に見かけたハンターオフィスの人間の影も。一体オクタゴンに何の変化があったのだろう。彼らはハンターオフィスを召集した理由はなんだろう?
フェンスの奥に入るとそこはゴーストタウンのように静まり返ったモノクロの世界が広がっている。時折機械の静かなうなり声がビルの奥から聞こえる。
オクタゴンのガードや奉仕階級の人間が何かしらの機材を持って走り回っていた。
ガードの車は屋根のある地下から繋がるジャンクションへの入り口辺りで少しスピードを落とし、地下へと降りる、急斜面気味の坂をゆっくりと降りるとモノクロの世界がオレンジ色を中心とした暖色系の世界へと変わった。
ジャンクションの矢印が照らし出されている。
『↑ザイロコパ』
『←本部』
『←ポリステス』
車は目的の場所へと進路を停まることなく変更する。通り過ぎざまに見えたのは『ポリステス』と『ザイロコパ』への進路を示す矢印。この車は本部へと向かうらしい。
車が止まると油の切れたブレーキ音が聞こえ、金属的な何かがぶつかる音が聞こえた。
再び車がゆっくりと走って縦に少し揺れ、また停まる。金属のドアの開閉する音が聞こえてガコーンと、鉄の穴でよく聞くあの音も聞こえた。
横揺れを感じる。最初はスピード感を感じなかったがそのうちに物凄いスピードで天井と景色が通り過ぎて行くではないか!
甲冑越しに風を微妙に感じる。やがて減速して完全に停まる。
開閉する音が聞こえると車はゆっくりとその場で旋回しゆっくりと走る。
そのまま真っ直ぐ行くと停車し、ガードの二人が降りる。
ガードは二人掛りで楊海の両手両足を掴んで運ぶとすぐ東側のドアを開いてバッグと一緒に投げ捨てた。ドアが重く閉じる音が聞こえる。
完全にドアが閉じてからしばらくすると楊海は跳ね起き回ると手探りで壁に沿ってゆっくりと歩き始めた。部屋は肌寒さを感じさせた。どうやら冷風が送られているらしく、壁を触ると氷がぱらぱらと落ちる。
恐らく冷凍室だろう。たまに手や足に何かの塊が転がっているのだけど、触るのはやめた。
バッグを手探りで探し当て、ドア付近の影で腰掛けて休む。
(状況を確認しよう。オクタゴンの本部の....地下1階、冷凍室。オクタゴンの地下一階にはRGと呼ばれる専属の、銃器を使わないガードがいる。彼らの能力は銃器を使わないだけで他のガードと大差は無い。人数は不明。スタングレネードも煙幕花火の使用やRGへの攻撃は可能な限り控えたい。そして目的物は地下4階にある。地下4階に行くには2つの階段と一つのエレベータを使う必要がある。エレベータは西側にある。その広場の北と南に階段が。)
不審に思ったRGは冷凍室のドアを開けるが誰もいない。
楊海はRGの右肩を叩くとすぐに左側に移動し、グイっと思い切り引っ張って冷凍室に入れ楊海は冷凍室から出てドアを閉める。
急いで、音を立てずに西側へと移動する。途中ガードがRGが巡回コースを回るが注意すれば簡単にやり過ごせた。
楊海は立ち上がると壁を背にドアをノックする。
網型のドアから見るエレベータはワイヤーだけだったので南側への階段を注意深く移動する。
音を立てずに慎重に地下一階から地下四階へと降りる。
地下4階はひんやりと、そしてポリステスのように静かだった。
エレベータの方へ歩いてワイヤーが無いことに気が付いた。
楊海は網方のドアを開けてエレベータの空洞へと降りる。勿論、ドアを閉めることを忘れずに。
ここはオクタゴンの本部地下4階だが、実際は地下何階まであるのかわからない。
実際に何度か工事をしたが、どう言う理由かで工事の手を休めている。
その名残か、仮の地下五階がこうやってエレベーターのすぐ下にある。
仮のためか全然整備されていないけれど、地下四階の床下に隠れるぐらいのスペースはある。
勿論、寝る事が前提条件だが。
さぁ、オクタゴンには潜り込めた。ちょっとココで一休みさせていただこうではないか。